そして、時さんが引退された事で党首を引き継いだ俺。
党首という立場は初めてだったかな。
一応、固定は何度も(前回、前々回参照)入ってた時にメンツという立場でありながら意見を良くいう何とも党首としてはやりにくい存在だったけど(’’
俺が党首を引き継いだ時には4名いました。
が、二人がリアル事情により抜けた事で実際は俺と高波さんしか残ってなかった。
だから徒党引き継いだっていう表現は正しくないのかもしれない。
たまーに、党首をして武将や対人を以前からやってましたが、
こっから本格的に武将徒党オンリーで俗にいう戦果マシーン化になったかな。
みんなは覚えてるだろうか、昔は継続戦果というものがあり
先陣は毎分+1 中陣は毎分+2 後陣は毎分+4 戦果が入るという仕様。
敵陣と見方の陣の継続戦果は互いに相殺し合って合計が多い方の国だけが戦果が入る。
だから、武将徒党には倒すスピードが速いと一気に優位に持っていける重要な事でもあった。
俺が武将党首をやり始めた時はほぼ全部野良だった。
野良と言っても家老から選ぶ事は多かったですが、当時は夜でも家老部隊10人未満というのが普通だったけどね(つω`)
高波さんがいるときは高波さん以外は野良。
俺の武将スタイルはとにかく時さん(前回参照)にそっくりだった。
当たり前の事でも指示をする人。
俺にとっては当たり前でも、他の人にとっては当たり前でないかもしれない。
だから後で後悔するよりは指示を細かく言う事が多かった。
この時は、攻め側は国力減少が半分の時代。
攻め側が全敗しても国力25しか減らない。
守り側が全敗したら国力50減る。
でも、攻め側が全敗をするとカウンターをくらってしまう。
よって攻めるなら最低1回だけ引き分けをとればカウンターをくらうことがなく、
3週に1回の合戦だから、攻め側をとって引き分けを最低1個を取れば滅亡はしない仕様でもあった。
この時期の織田は完全に斉藤に押されまくりで引き分けを取るのが非常に困難なときだった。
でも、票をうまくまとめる事ができていた織田家は常に攻め側を取っていた。
そして、毎日合戦をやっていると斉藤の弱点が一つ出て来た。
「深夜になると人が激減してしまう」
まぁ深夜になって減るのは極普通な事だけど、夜の織田と斉藤の比率を比べると全然違っていた。
一週間で引き分け1つ取るのが辛くなって来てたので完全に深夜に体勢を持っていって対抗する事にした。
といっても、深夜と言えど斉藤にも武将徒党2個はだいたいあってこっちは俺の1個ってのが多かった。
でも、一週間毎日これを繰り返すとたまに、斉藤徒党1個又は慣れてない人が党首の2個ってので回転が遅い時があり
織田にも深夜動くというのが浸透してきて残ってくれる人がいて戦力が残ってると引き分けをもって行く事ができていた。
これを数回の合戦続いて、一週間にうまいこと1引き分けだけ取れるような状態が続いて滅亡は回避できていた。
ただ、もう断崖絶壁で立たされてるみたいに切羽詰まった状態。
いくら深夜で引き分けとっていても、人数が織田>斉藤になっている状態ってのは、
ないことはないが、多くもなかった。
それに対抗するのは、上に挙げたスピードを速くして回転をあげて落としまくる事だった。
回転上げるには、やはり慣れた人で組むしかなかった。
当然こんな事をすると苦情はでてくる
俗にいう「武将独占」
夜は武将徒党数個あっても、人数の違いで徒党作っても取り付くのがやっとで、
一度も取り付けず解散した徒党もたくさんあったと思う。
深夜になると徒党俺が1個作って回転あげて落としまくって
たまに2個あるときもあったけど、人数の関係でだいたいは1個が限度だった。
こんなんが続けば、合戦離れしてしまう人増えるよな。
裏で文句言われてるのすげー聞いてたよ。
お前何様?って思う方もいたかもしれないけどさ
あれをやらなければ引き分けがとれない状態でもあったし、
やっても引き分けが取れるのか?ってくらいな状態でもあった。
今でこそ冷静に昔を振り返れるけど、当時はそんな考える事ができるほど余裕がなかったのもあって結構悩んでたな。
会議でも攻め側を止めようかとか案がでてたけどさ
「織田家滅亡回避を優先するのか」
「滅亡は覚悟でゲームとして普通に楽しむのか」
その他もろもろの考え等で苦情がでてたな。
俺が織田家を出てからのブログや織田家に対して気にかけてたのは、
この事で織田家の内乱みたいな原因をさせてしまった事への責任感じてたから何か役に立ちたいってのがあった。
結局、いろいろあって織田家を出る事にした。
今更だけど2ch等で、とある人の暴言で固定徒党が数個出奔していったといろいろ書いてたけど
少なくとも俺の徒党はまったくもって関係ないよ。
だって、その発言あったとき俺旅行中で合戦にいなかった(´・ω・`)
まぁ帰って来てからなんか対話等でいろいろ知ったけど、そういう文句前から聞いてたし今更ってのもあって流してたような気がした。
ただタイミングがそれと被ってたから誤解を解いてあげようかなって思ったけど、
当時出奔したの俺んとこだけじゃなかったし結局対話で聞かれた人にしか言わなかったな。
何より、2chは見るけど「書き込まない」って最初から決めてた事だからね。
一緒じゃんって思うかもしれないけど、ここらへんが変わり者である俺のこだわりなのかもw
何度もつっこみたい事あったけど結局一度も書かなかったな。
当時は冷静に考える事ができず、苦情もろもろを悪い方向へ考える事が多かって知人には相談してばっかりだった(’’
党首をして半年経ったか経ってないかくらいだからな・・・。
あの時俺に足りないものは党首としての経験だった。
まぁいろいろあったけど頑張ったよ(’’
ここだけは自信もてる自慢がいろいろあるな。
武将に7で取り付いたら一週間一回も負けなかったのが2、3回あったのと
合戦またいでだけど、手柄でいうと7万くらい武将負けなしかな。
なんか、暗い?話題書いてしまったけど
この事を言った事あるのは数人だけだった。
まぁ知ってもらいたいのもあったから書いてみた。
織田家で辛いって事ばかりじゃなかったし、
織田家に来てホントよかったと思ってる。
いろいろあったけど来て良かったと思うし、ブログでも書いてるけど機会あればまた行きたいとも思ってたよ。
まとめは嬉しかった事でも書くか(´・ω・`)
いろいろあるけど、ぱっと思いついたのが
その深夜頑張ってる時に、引き分けでなく12時間コールドで久々に斉藤に勝利を取った時。
(確かあのときは早くても12時間だったよね?忘れた。)
メールで「掲示板見ました、すごいです」や「お疲れさま」や「ありがとう」的な事や
対話や大声で盛り上がった事かな。
このやり方いろいろ賛否あったけど頑張った甲斐があったなって。
あれはすごく嬉しかったし、一勝でも勝ち取るのが目標でもあったから。
まぁ、斉藤は見方と敵として見て来たけど
ホントすごい国だよ。
斉藤にボロ勝ちしてる上杉もすごいけど、
そのうち対等又は逆転すると俺は思ってる。